2010年06月17日
mihimaru GTが初バラードベスト「mihimaballads」をリリース
このブログの読者にmihimaruGTをご存知の方がいるでしょうか。
mihimaru GT(ミヒマル ジーティー)は、日本の音楽ユニット。とウィキペディアに出ています。hirokoこと阿久津博子さんとmiyakeこと三宅光幸さんの二人ユニットですが、要するにデュエット歌手と言えばコジューロー世代の方にも分かるかなと思います。
故あってmihimaru GTがこの度リリースした「mihimaballads」(ミヒマバラーズ?)というバラードのベストアルバムを紹介することになったので、早速その中の1曲 Love Letter (ラブレター)を聴いてみました。
mihimaru GT(ミヒマル ジーティー)は、日本の音楽ユニット。とウィキペディアに出ています。hirokoこと阿久津博子さんとmiyakeこと三宅光幸さんの二人ユニットですが、要するにデュエット歌手と言えばコジューロー世代の方にも分かるかなと思います。
故あってmihimaru GTがこの度リリースした「mihimaballads」(ミヒマバラーズ?)というバラードのベストアルバムを紹介することになったので、早速その中の1曲 Love Letter (ラブレター)を聴いてみました。
う〜ん困った。自称音楽家の端くれのつもりのコジューローですが、どう評価したら良いものか分からなくなり、これでは記事にできないなあ‥と思ってしまったのです。
でもまあ折角ですから、コジューローが思った通りに書いて見ることにしました。
あ、ちなみにコジューローがmihimaru GTを知ったのは今回が初めてですし、もちろん歌を聴くのも初めてです。まあ最近のこの手の曲は、歌というよりも歌を含めた全体で一つの曲になっている感じがします。
でもバラードというヤツは歌が入れば、やっぱり歌、歌詞に比重がかかるもんです。
ところが最近の若い人達の歌は、この歌詞が良く聞きとれないのです。まあコジューローの場合、そういう歌(商用の歌という意味)を聴く機会は年末の紅白歌合戦くらいですが、あれはテレビに字幕がでますので、聞きとれなくても分かってしまいます。
‥いや、ちょっと脱線しました。
Love Letter を聴きましたが、
1回目、やっぱり歌詞が良く聴き取れません。
2回目、おっ、少し聴き取れるようになりました。
3回目、うん何とか女の子の歌の半分は聴き取れるようになったぞ、でも男の子のラップは相変わらずほとんど何を言っているのか分からない状態です。
じ〜と聞き耳を立てて聴いているうちに思いました。
何だか外国語のヒヤリングテストを受けているみたいだ‥。
でもきっと外国語の歌詞なら、意味を知ろうとも考えないで、単に音楽として楽しめるでしょう。なまじ日本語なので、分かりそうで聴き取り辛くすっと入ってこないのがつらいのでしょう。
Amazonの販売ページでレビューを見てみました。
星5つがずら〜と並んでいます。
少し悲しくなりました。
いや、レビューの評価が良いことが悲しいのではないのです。
こんなに沢山素直に楽しめる人たちがいるにも係わらず、コジューローがこの手のものに楽しめなくなっていることが悲しいんです。
かつては受け入れられない音楽なんて無かったはずなのに‥。
Love Letterのイントロとエンディングにほんの少しだけ使われていた、クラシックのメロディが非常に美しく、効果的に使われていたのが、今コジューローの悲しい気持ちをさらに煽っている気がします。
きっと共感する人の多い、いい曲なんだと思います。
コジューローは1曲しか聴いていませんが、アルバムの中には(近頃はアルバムとも言わないかも知れませんが‥)この手の曲が多数収められています。
DCとDVDが出ているようです。
⇒mihimaruGT mihimaballads
実はこの記事、BloMotionの募集広告記事です。
内容的にボツになる気もしますが、飾らず偽らざる気持ちで書いてみました。 (少々長くなりました。)
でもまあ折角ですから、コジューローが思った通りに書いて見ることにしました。
あ、ちなみにコジューローがmihimaru GTを知ったのは今回が初めてですし、もちろん歌を聴くのも初めてです。まあ最近のこの手の曲は、歌というよりも歌を含めた全体で一つの曲になっている感じがします。
でもバラードというヤツは歌が入れば、やっぱり歌、歌詞に比重がかかるもんです。
ところが最近の若い人達の歌は、この歌詞が良く聞きとれないのです。まあコジューローの場合、そういう歌(商用の歌という意味)を聴く機会は年末の紅白歌合戦くらいですが、あれはテレビに字幕がでますので、聞きとれなくても分かってしまいます。
‥いや、ちょっと脱線しました。
Love Letter を聴きましたが、
1回目、やっぱり歌詞が良く聴き取れません。
2回目、おっ、少し聴き取れるようになりました。
3回目、うん何とか女の子の歌の半分は聴き取れるようになったぞ、でも男の子のラップは相変わらずほとんど何を言っているのか分からない状態です。
じ〜と聞き耳を立てて聴いているうちに思いました。
何だか外国語のヒヤリングテストを受けているみたいだ‥。
でもきっと外国語の歌詞なら、意味を知ろうとも考えないで、単に音楽として楽しめるでしょう。なまじ日本語なので、分かりそうで聴き取り辛くすっと入ってこないのがつらいのでしょう。
Amazonの販売ページでレビューを見てみました。
星5つがずら〜と並んでいます。
少し悲しくなりました。
いや、レビューの評価が良いことが悲しいのではないのです。
こんなに沢山素直に楽しめる人たちがいるにも係わらず、コジューローがこの手のものに楽しめなくなっていることが悲しいんです。
かつては受け入れられない音楽なんて無かったはずなのに‥。
Love Letterのイントロとエンディングにほんの少しだけ使われていた、クラシックのメロディが非常に美しく、効果的に使われていたのが、今コジューローの悲しい気持ちをさらに煽っている気がします。
きっと共感する人の多い、いい曲なんだと思います。
コジューローは1曲しか聴いていませんが、アルバムの中には(近頃はアルバムとも言わないかも知れませんが‥)この手の曲が多数収められています。
DCとDVDが出ているようです。
⇒mihimaruGT mihimaballads
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内容的にボツになる気もしますが、飾らず偽らざる気持ちで書いてみました。 (少々長くなりました。)