2012年05月28日

八王子城

八王子城01石碑(駐車場にて)登城日2009年11月8日
 八王子城に行ったのはいつだったかなと100名城スタンプの日付を見たら、あの北関東の城めぐりの直ぐ後だったので驚きました。なぜ驚いたのかと言いますと、最近は城を見に旅行にでることがなかなか出来ず、少々欲求不満ぎみなのに、あのころは、ひょいと出かけていたんだなあと思ったからです。まあ、八王子城は北関東シリーズに入れても‥と言いますか続きのようなものですから、間を開けずに行ったのでしょう。  

【八王子城の歴史について】
 八王子城は、言わずと知れた東京都八王子市にありますが、実は八王子という地名がこの地に定着したのには、八王子城が大変深くかかわっているのです。
 八王子という名前の由来は、八王子城山頂本丸にある八王子神社が基です。延期13年(913)、華厳菩薩妙行(みょうこう)が山頂で修業中に、
八王子城02イメージ図(管理棟前にて)牛頭天王(ごずてんのう)と八人の王子が現れ、その因縁で延喜16年(916)に八王子権現を祀ったのが八王子神社の起こりとのこと。この華厳菩薩伝説により八王子信仰が広がっていくわけですが、 八王子神社を中心とした地域が、いつごろから「八王子」と呼ば
八王子城03石碑(管理棟前にて)れ始めたかは、はっきりしていないようで、記録として残されているのは、永禄12年(1569)5月8日付け北条氏康の書状が今のところ最初のもののようです。北条氏康は、小田原北条氏の第三代当主(北条早雲の孫)で、あの武田信玄や上杉謙信と対等にわたり合った戦国武将です(他にも川越夜戦でも有名ですね)。八王子城はその氏康の二男、氏照が築城しました。
 八王子城築城の時期は、はっきりし
八王子城04古道へ入る/階段の上が大手門跡ていませんが、天正12年(1584)から天正15年(1587)の間と考えられています。北条氏照は、滝山城(現、東京都立滝山公園)を居城としていましたが、八王子城を築き、そちらに移転しました。その背景、事情は、いろいろ考えられていますが、もっとも大きな理由
八王子城05大手門跡は、当時天下統一のために精力的な戦いを進めていた豊臣秀吉に備えるため、だったのでしょう。北条氏照は、北条氏屈指の戦上手であり、情報通でしたから、当然秀吉の動向も熟知していたに違いありません。築城の方法も、
八王子城06古道を進む当時関東ではあまり見られない石垣を使った、最新の方法を取り入れています。
 そうして築いた八王子城ですが、天正18年(1590)6月23日、豊臣方の前田利家、上杉景勝軍に攻められて、わずか1日で落城します。氏照の考えて
八王子城07古道いた城の構想は壮大で、落城時にはまだ未完成だったとも言われています。また氏照自身も、八王子落城時は小田原城に詰めていて、八王子城には居ませんでした。氏照は、小田原落城後に敗戦の責任を取って、北条氏政と共に
八王子城08曳橋切腹しています。
 さて、ざっと八王子城の歴史について書いてきましたが、参考になる面白いサイトを見つけましたので、紹介しておきます。八王子市のホームページ内にある「八王子市の名前の由来」というページです。リンクを貼っておきましたので、是非読んでみて下さい。


八王子城09曳橋【八王子城コジューロー登城記】
 2009年11月8日(日)‥‥‥、‥‥ありゃぁ、困った。何も思い出せない。いつもの事で、書き出せば結構思い出すものなんですが、朝出かけるときのことが全く思い出せません。とにかく車で行ったことは間違いないと思うので
八王子城10虎口すが、‥うんそうだ、八王子城の帰りに高尾山に行ったんだし、きれいな紅葉を見た覚えがある。そういえば行きにも車からもきれいな紅葉を見たと思う。あれは高尾山の付近ではなかったかなぁ。とにかく、八王子城は高尾山の近くで、車で行きましたってところで始めま
八王子城11御主殿虎口/解説しょう。 (‥うん、どうにか記事が書けるくらいには思い出してきました。)
 登城の第一の目的は、100名城スタンプのゲット。八王子城の100名城スタンプが置いてあるのは、ガイドブック
八王子城12虎口によると八王子城管理棟前となっています。管理棟より少し手前の駐車場に車を入れ、そこから歩いて管理棟へと向かいました。管理棟前には、ハイキングの身づくろいをした人が何人もいて、ここがこのあたりのハイキングの起点の一つになっているように感じまし
八王子城13櫓門跡/解説た。八王子城の本丸、山頂へ行くルートもハイキングコースになっているようです。今回、コジューローはハイキングの支度はしてきませんでしたので、山頂本丸には行かず、付近の整備された
八王子城14御主殿入口城址のみを散策することにしました。(本丸に行かないでのスタンプゲットに少々後ろめたい気持ちもありましたが‥)
 管理棟で100名城スタンプと、パンフレットをゲットしました。すると、コジューローより上手を発見。二人連れだっ
八王子城15御主殿跡たと思いますが駐車場の方から歩いてきて、スタンプを押すと、「よし!さあ次!」とばかりにそのまま駐車場の方へと引き返していきました。あっけ!折角ここまで来ていながら、本丸に行くのは大変だとしても、全くな〜〜んにも見ずに行ってしまうのか〜〜? あっそう
八王子城16御主殿跡より曳橋を見るか、きっと前にも来たことがあって、今回はスタンプだけゲットしに来たのかも知れない。うん、きっとそうなのでしょう。まあどうでも良い事ですが、コジューローはそんなことに気をまわしていた記憶があります(どうでも良いことは、何故か覚えているんだなぁ)。
八王子城17御主殿跡/解説 管理棟から付近を流れる城山川沿いに、左岸を歩いて御主殿跡へと向かいます。途中、古道との分岐があり、橋を渡って古道へと足を踏み入れます。ここからは川の右岸を歩くことになります。 大手門跡を通り古道を進みます。
八王子城18御主殿の滝大手道、古道、曳橋‥‥などなど、立札の説明書きを写真で撮っておきましたので、詳しい説明はそちらをご覧ください。(クリックすると大きく見れます)。
 引き橋へ到着。この橋を渡ってまた左岸に出て、その先が虎口、御主殿跡へと続きます。 ‥ありゃ‥?曳橋の解説写真がないなぁ。どうも撮り忘れたようです。しかたがないので、パンフレットから引用してここで書いておきます。
八王子城19御主殿の滝/解説 え〜と‥
 曳橋(ひきはし):古道から御主殿へ渡るために城山川に架けられた橋です。現在の橋は、当時の道筋を再現す
るために現在の技術で戦国時代当時の雰囲気をを考えて架けられました。
八王子城20城山川沿いの道より曳橋と虎口を見上げる ‥ということです。
 曳橋を渡って、石垣と石畳の虎口(城の入口)を通って御主殿跡へと進みました。虎口は復元ですが、石垣や石畳はなるべく当時のものをそのまま利用してできるだだけ忠実な方法で復元したとのことです。御主殿入口の門は冠
日本100名城スタンプ22八王子城木門(かぶきもん)といって、当時の門をイメージして建てたそうです。
 御主殿から下って御主殿の滝へと行ってみました。落城時に、北条方の婦女子や武将たちが自刃して身を投げたと言われていますが、それにしては小さな滝です。昔はもっと大きかったのでしょうか。
 今回の八王子城の見学はここまででした。帰りは川の左岸の道をそのまま歩いて駐車場へと戻りました。(途中アシダ曲輪に足を踏み入れたような気もするのですが、記憶が定かではありません。)

 以上で、八王子城登城記は終わりなのですが、やっぱり本丸に行っていないので、なんか物足りない感じがします。せめて城跡歴史資料館や北条氏照の墓にでも行っておけば良かったかなあと思います。実はこの後(八王子城見学後)先にも書きましたが高尾山に行きました。日曜日一日でそちらにも行きたかったので、まあこんな具合になりました。高尾山については残念ながら写真が一枚もないので、ブログUPはやめました。

では、これにて。
 
八王子城地図01









八王子城地図02









トラックバックURL

この記事にコメントする

名前:
URL:
  情報を記憶: 評価: 顔   
 
 
 
最新コメント
東日本大震災によせて
”天皇陛下のメッセージ”
日本文化チャンネル桜が、youtubeに天皇陛下のメッセージビデオをアップしています。
天皇陛下のメッセージビデオはこちら

コジューローの日記/記事
天皇陛下のメッセージ ”東日本大震災によせて”

コジューローの城紀行
日本の城・コジューローの城紀行 北海道・東北の城 関東・甲信越の城 北陸・東海の城 近畿の城 中国・四国の城 九州・沖縄の城
自由人・コジューローの日記
コジューローのもう一つのブログです。 コジューローの思う事、感じることを自由に書いています。 自由人・コジューローの日記






【最近の記事】
本当に「大義なき解散」なのか?
- - - 2014.11.29
東京都尖閣諸島寄附
- - - 2012.5.17
消費税増税を考えてみる
- - - 2012.1.28
生実録ブログダイエット
コジューローのダイエット記録ブログです。 生実録ブログダイエット
【最近の記事】
1/21〜1/27 ちょいオーバー、でもこの位なら‥
- - - 2013.1.28
1/14〜1/20 一日2000kcal 再スタート- - - 2013.1.21
1/7〜1/13 カロリー記録スタート
- - - 2013.1.14
謹賀新年そして心機一転
- - - 2013.1.7
おススメ動画
【緊急特番】希望の党へ!中山恭子参議院議員に聞く[桜H29/9/27] ”日本のこころ”がなぜ小池新党に?

【DHC】9/28(木) 有本香・竹田恒泰・居島一平【虎ノ門ニュース】 小池百合子「希望の党」の問題点。女性宮家はなぜダメなのか。
amazon リンク






livedoor 天気