2012年07月13日

小田原合奏団8(最終回‥前編)

 小田原合奏団については、6月3日朝コジューローが大発表会に出かける前にUPした前日6月2日の練習記事を最後に、プッツリと途絶えていたのでどうしたのかなと思われた方も多いかと思います。実はその6月3日にある事件がありまして(焼きそば事件:コジューロー命名)、その後遺症でブログを書く気になれなかったのです。その事件につきましては既に一応の決着がつき、コジューローも気持ち的には復活した気になっています。
 よって、ここで6月3日以降の小田原合奏団について現在に至るまで(焼きそば事件も含めて)まとめてUPすることにしました。もちろんこれは客観的なものではなく、いつもの様にコジューローの目で見てきた経過です。今回の記事タイトルに最終回とつけた理由も明らかにします。
 

6月3日(日) 新堀ギター音楽院大発表会
 教室の合奏団にとって年間の二大イベントが、この大発表会と、秋の全日本ギターコンクール合奏部門への出演です。 なぜこの二つが二大イベントなのかと言いますと、新堀ギターの各教室の合奏団が一堂に会しての共演となるからです。各合奏団を指導する先生にとっては、指導力の評価をまともに受けることになるわけで、真剣にならざるをえません。合奏団員にもそれが伝わるので、この二つが大事なんだと感じる訳です。
 コジューローにとっては久しぶりの大発表会です。いつ以来かなとちょっと調べてみましたら、2004年に出ていました。まあ、10年は経っていなかったんですね。初めて出たのは1994年、小田原合奏団ができた翌年です。それから2000年までは、小田原教室は静岡地区の管轄で、大発表会も三島や沼津で行われていました。2001年から小田原教室は本部管轄(藤沢に新堀ギター本部が移っています)となり、今年(去年もかな)静岡地区と言うのがなくなったようで(静岡教室は独立しました)、沼津合奏団も本部管轄の大発表会に出ています。
 コジューローが出ていたころの静岡地区の大発表会は、合奏団が数チーム(多い時で5チームくらいだったでしょうか)で、プログラムのほとんどが独奏と重奏でしたので、出演者の選考も割合ゆるく、コジューローも毎年、合奏団の他に独奏でも出させてもらっていました。さらに重奏や、ラストの大合奏にも出て、一日の発表会の中で4,5回出番があるのが当たり前で、当時のコジューローにとっては、その日はかなり充実していて、大変でもあり面白くもあり、良い思い出になっています。
 しかし今の本部管轄の大発表会は、出演する合奏団の数がごちゃんとあり、独奏や重奏はほんの一握りだけ、その選考はかなり厳しいもののようです。会の時間も4時間に及ぶ長いもので、その中で、小田原合奏団はたった1曲を演奏するだけ‥、ひじょ〜〜に、なが〜〜い待ち時間‥、じっと我慢の演奏会とコジューローは感じました。

 今回の会場は、相模大野グリーンホール(大)です。小田原合奏団は、朝、小田原駅小田急線改札口に集合して会場へと向かいます。集合場所で合奏団員が集まるのを待っていると、沼津合奏団の面々がJRから小田急に乗り換えるべく小田原合奏団の面々の横を通って行きました。遠くからご苦労様です。
 会場に着いて所定の場所に落ち着くと、程なくしてお弁当が配られました。‥いや、ガイダンスの方が先だったかな?一度大ホールに集まってガイダンスがあったのですが、お弁当を食べる前だったか後だったか忘れてしまいました。コジューローにとっては、お弁当の方が重要だったのかも知れません。(笑)
 ステージでのリハーサルはありません。出演団体が多く、本番時間も4時間もかかるのですから、一つ一つやっていてはとんでもないことになります。リハーサルは本番の出番前にステージ裏の控室で、各チーム数分づつという形です。秋のコンクールと同じ流れですね。しかし、市民オケだけはステージでリハーサルがあります。市民オケと言うのは、その地域のいくつかの合奏団が集まってできているギターオーケストラです。メンバー全員が集まっての練習はほとんどできていないでしょうから、本番当日のリハーサルは外せないということでしょう。
 衣装に着替えて、合奏団の所定の場所で待機します。合奏団の所定の場所と言うのは2か所あって、一つはホール内客席の所定の場所、もう一つはロビーの所定の場所で、そこはその合奏団の楽器ケース置き場にもなっています。小田原合奏団の場所は3Fロビーの一番奥近くでした。お弁当もそこで食べました。お弁当にこだわっているつもりはありませんが、高い参加費(今のコジューローには厳しいお値段でした)を支払っているので、一番の楽しみは支給されるお弁当‥‥、コジューローは鳥かつ弁当を注文していました。‥でも‥、どこにでもある‥普通の鳥かつ弁当で、お味も今一でした。‥残念
 着替えには楽屋の一室が充てられていました。でもロビーの所定の場所からそこへ行くには、かなり遠く、しかもホールサイドの通路からステージそでサイドの通路を通ってステージ裏の楽屋へ行くと言うのは、コンサートホールの構造に慣れていない一般の方には、なかなか難しいのではないでしょうか。大方はトイレなどで着替えていたようです。コジューローは、折角なのでその楽屋に行って着替えました。小田原合奏団の方は一人だけがコジューローと一緒に行きました。
 今回の衣装は、ハワイアンですので、アロハシャツに下は黒ズボン、黒靴下、黒革靴という出で立ちです。アロハシャツ以外は、まあ普通にステージ衣装ということですね。あっそれと男性はレイ(ハワイ風花の首飾り)をかけました。レイは当日合奏団で準備してくれましたが、コジューローはこんなこともあろうかと自前のレイを持参していましたので、それをかけました。それとアロハシャツは半袖なので、ギター演奏には右ひじ付近のギターボディに触れるところがペタペタとくっつき、具合が悪いので、コジューローは右ひじに黒いサポーターを着けました。見てくれはあまり良いとは言えませんが、それが原因で演奏をミスるよりは良いと思ったからです。ちょっと危ないなと思ったことは、本番ではかなり危ないことになるのが常だからです。

 開演時刻になり、ロビーでの音だしもNGになりました。待つ事しばし、連絡係が呼びに来ていよいよとなりました。小田原合奏団員がぞろぞろと楽屋に向かいます。案内された楽屋に入り前日渡された座席表をもとにリハーサルの準備をさっとすませます。ここで初めてウクレレ奏者が加わりました。N校生のエキストラだと思います。座席はバスギターのコジューローの右隣。そしてグロッケン奏者もドタバタと入ってきました。同じくN校生のエキストラで初合わせです。‥当日の初合わせで、即本番!プロも顔負けのオーケストラですなぁ。
 1回通し練習をしました。曲目は前小田原教室主任のS先生編曲のハワイアン「マニヒニ・メレ」です。そのS先生、小田原合奏団がリハを始めると、ちょこっと扉を開けて顔だけのぞかせました。そして一言二言アドバイスの言葉を発して、すぐ消えました。2回目の通し練習‥、と、またちょこっと扉が開いて、今度は手だけがニョキッと出てOKサインです。そしてまたすぐ引っ込みました。扉は指揮のO先生の後ろなので、O先生にはこの事態が見えていません。メンバーは大爆笑でした。‥と、また扉が開いて、おやまた‥と思いきや、今度は連絡係が顔をのぞかせて「時間です。」と告げました。
 控室を出てステージ袖へと向かいます。ですが、そこにはまだ出番待ちのチームが2チームほど待機していて、その後ろに小田原合奏団も並びました。演奏が終わるごとに順次移動していきます。

 さて、本番ステージ上、‥‥‥う〜〜ん、何も思い出せません。本番の自分とチームの演奏について何も思い出せないというのはよくある事で、そういう時は、まあ特に事件も無かったわけで、演奏も可もなく不可もなく(あくまでも当事者としての主観です)という事だったのでしょう。まあたった1曲ですし、あっという間に終わりました。

 演奏後、ロビーの階段で写真撮影、そして合奏団の所定の場所に戻りました。楽器をしまい、衣装を着替えて‥(コジューローはまた楽屋へ行って着替えました。その時も小田原合奏団の方一人‥先ほどとは違う方ですが‥一緒に行きました。)楽屋から戻る途中で自動販売機を見かけたので、ドリンクを1本仕入れ、ロビー所定の場所で一息入れました。終演まではまだまだかなりの時間があります。小田原合奏団は終演後、相模大野駅近くの居酒屋(お好み焼き屋)で打ち上げをすることになっていて、コジューローも参加することになっているので(特に参加したくもなかったのですが、合奏団で人数確認をする時に参加出来ない人の挙手を求められたので、
あえて手を挙げるのも面倒だったので、そのまま参加する形になりました。)、先に帰るわけにもいきません。合奏団のほとんどの方は、ホール客席へ行ったようです。コジューローはそこに残った人と雑談をしたりしていましたが、結局みんなホール客席へと入っていきました。
 まだま〜〜〜だ時間はあります。コジューローはロビーをウロウロして時間をつぶしていました。良い機会なので、他の合奏団にいるN校2部時代の仲間にも、何人か会って話をしました。ギターアンサンブル「つばさ」に誘えないかなと思ったからです。でもその感触は良いものではありませんでした。そもそも教室の合奏団で楽しく活動できていて、それで満足という人には「つばさ」はむかないかも知れません。(「つばさ」メンバーの中でもOさんは異例でしょうか‥、Oさんは上大岡合奏団でも頑張っています。でもOさんの中で、合奏団と「つばさ」では求めるものが違っていて、きちんと区別できているのかも知れません。)
 時間がつぶしきれません。発表会はまだ前半すら終わっていません。コジューローも仕方なくホール客席へと入りました。小田原合奏団の所定の場所に座って、その後延々と生徒さんたちの演奏を聴くことになります。

 コジューローが入って程なくして前半が終り休憩です。後半の前に新堀先生の講演がありました。長生きの秘訣のような話をされていましたが、あまり興味が持てませんでした。コジューローが新堀ギターとかかわるようになった頃‥もう20年近くも前になりますが‥、新堀先生のお話は、結構面白くて、コジューローも興味深く熱心に聴いたものです。その頃と話の方向は同じと思いますが、そのせいか新鮮味があまり感じられないからなのかもしれません。身体のケアが大切なのは分かっています。でも心のケアもされていなければ、体のケアをする気にもなれないでしょう。心のケアに対しては、新堀ギターでは音楽がその役割を果たしている、ということなのでしょうが、まあ解からなくはないのですが‥。年間何万人もの人が自殺している日本の現実もあり、それを考えると‥‥と、また脱線して行きそうなので、ここで思考停止させます。
 後半は、独奏や重奏もあったのですが、最後の市民オケ数団体の演奏が終わるまで、やっぱり長〜く長〜く感じました。小田原合奏団もどこかの市民オケに参加していれば、後半にも出番ができて、もう少しは充実した一日になるはとコジューローは思うのですが‥どうなのでしょう。その日だけの寄せ集め大合奏にどれほどの意味があるか疑問もありますが、何もしないよりは良いはずです。
 とにかく、やっと終わりました。撤収して、打ち上げ会場へと向かいます。

 小田原合奏団の打ち上げ会場は、相模大野駅前のモアーズ内にあるお好み焼き屋「若竹」でした。掘りごたつ式座敷の4,5人づつのテーブル席で、並びのひとかわ3テーブルが小田原合奏団のテーブルでした。並行するもうひとかわの席は他の若い人たちの団体で、そちらも喧しいくらい大いに盛り上がっていました。コジューローのテーブルは、コジューローの他、団長のK氏、バスパートのYさん、プライムパートのMさんのゴツイおじさん4人のテーブルでした。食べ放題、飲み放題ということで、テーブルの鉄板でお好み焼きや焼きそば、野菜やソーセージも焼いて、最初はビールで乾杯をした後は、思い思いの飲み物を注文して、雑談をしながらの暴飲暴食タイムに突入しました。宴もたけなわ、指揮者のO先生が立ち上がって、この日の小田原合奏団の演奏について、審査員の一人だったS先生のコメントを発表しました。S先生は数週間前に小田原合奏団の指導に来て下さった先生ですので、その評価をメンバーの皆さんにも‥ということなのでしょう。評価の内容については、そういう席だったので覚えていません。(お酒の席ではどうもねぇ)
 その後も宴は進み、いつしか席も入り乱れて、コジューローのテーブルには、指揮者のO先生、ベテラン団員のNさん(「つばさ」のNさんと同一人物です)、団長のK氏とコジューローの4人が居て、なんじゃかんじゃと話が飛び交っていました。コジューローとK氏は移動せず、居なくなったYさんとMさんの席にO先生とNさんがきて座っているという形です。K氏はともかくとして、このメンバーになれば話の内容も普通の合奏団員と指揮者の先生という立場を逸脱して、合奏団のあり方や指揮者のあり方についての話しになるのも仕方の無い事で、お酒も入っていれば、指揮者批判の言葉がでるのも、これまた仕方の無い事だと思います。しかし、K氏はそれが許せなかったのでしょう。会話の中に入っているように思えなかったK氏が、いきなりNさんやコジューローの言葉をさえぎって、ガガガガガーとO先生擁護の言葉を投げつけてきました。こちらの言葉の意味を量ろうともせずに、自分勝手に捉えた自分側の思いだけをまくしたてます。これはどう説明したら良いかと考えるこちらを様子を見て、言葉に詰まったと見たのか、さらにまくしたてるK氏。コジューローには屁理屈ととれる理屈を、絶対唯一無二のように自信満々にわめくK氏に、コジューローは思わず手元にあった焼きそばの一部を投げつけてしまいました。

 「何をするんだーー!!」 烈火のごとく怒ったK氏は、コジューローが投げた数倍のスピードで即座に焼きそばを投げ返し、「お前は人間じゃない!!」 と怒鳴って席を立ち、そのまま帰ってしまいました。
 これが焼きそば事件です。
 コジューローは、呆然とその場に座っていましたが、O先生の青臭い目がずっとこちらを睨んでいるのを感じていました。合奏団員の何人かがコジューローのそばに来て、コジューローに「何があったの?」と聞きます。またある人は、「やめないでね。」と言ってくれたりもしました。
 「‥やめないでね‥」‥か。その言葉を聞いた時、コジューローは有難いと感じました。そして同時に合奏団員はコジューローを同じ合奏団員ではなく、ちょっと別の目で見ているということも感じました。この時点でコジューローは合奏団を退団することは全く頭にありませんでした。しかし、「やめないでね。」と言われた瞬間に、‥そうか、やはり今の小田原合奏団は、コジューローがいるべきところではないようだ‥と気づきました。
 宴会は、そのまま流れに任せて解散となりました。


 さて、ここまで書いてきて、かなり長くなったので、ひとまず筆を置きます。この時点で、最終回とした意味も、もう気付かれたと思いますが、コジューローが合奏団を退団するのはもう少し後になります。今回は、最終回の前編(それじゃ本当の最終回じゃないじゃないか)ということにして、続きは後編で書きます。恐らくそれが本当の最終回になるでしょう。(また長くなって、中編なんてことになるかも‥それはまだ分かりません。)

では、ひとまずこれにて。

続きはこちら


関連記事⇒小田原合奏団



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1. Posted by nobu   2012年07月22日 09:43
5 こんな長文は日曜日でなければ読めません^^;ので日曜の今日、じっくり読ませていただきました…"焼きそば事件"の全容がいつ出てくるのか、ドキドキしながら…
そうですか、そのようなことがあの日あったのですか。コジューロー氏、Nさん、O先生、K氏の4人がテーブルを取り囲んだ瞬間にファイトの鐘が音もなく鳴ったという訳ですね。起こるべくして起きた事件とみました。遅かれ早かれそういう運命だったのでしょう。コジューローさんが合奏団を辞めるのは時間の問題だと思っていました^^;が、ま、発表会を無事終わらせた後だったということで、ベストなタイミングだったのではないでしょうか。
まさか焼きそばがそのような"使われ方"で登場するとは想像もしていなかったのでビックリです(本番前に食べた焼きそばにあたってトイレに行ったら本番に間に合わなかったとか、そういうレベルの話かと思ってました^^;)。
因みに投げた焼きそばは手で使んだのでしょうかf^_^;)…やめときます。
ところで気になることがひとつ、Nさんは今でもO合奏団の団員??
最終回後編…グランドフィナーレ…を楽しみにしています!

2. Posted by コジューロー   2012年07月22日 17:32
>nobuさん
長い記事を最後まで読んでくださり、ありがとうございます。
後編、もうしばらくお待ちください。

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